人生最期の日をどう迎える?

在り方

こんにちは。マスターふぅです。

今日は、どんな臨終を迎えたい?と言うテーマです。

どんな人もオギャーと生まれた瞬間から死に向かって時間は進んでるわけですが、

その道のりをどのような価値観で、どんな役割を果たして生きていけば、自分は、幸せなんだろ?

コレは、本当に大きな課題で、その答えが早くに出る人もいらっしゃれば、なかなか見つからない人も。

そもそも、そんな事を考えないで生きてる人も。

私は、母を2年前に看取ったのですが、やっと、その時に齢50年程生きて来て、やっと、やっと、その境地に立つ機会を頂けました。

有り難い事でした。

それまでは、『生きる意味』を全く考えて無かった訳ではなかったのですが、

自分の意思で生きてる!感満載でした(汗)

でも、此処に来て、やっと

『生かされてる』

と気付いたのです。

そういう風に思えて来ると、

いままで見てた景色が変わって来ました。

日々の生活の中で、本当に有り難い事が沢山ある事に気付けました。

朝、目が覚めた事さえにも有り難く。

ベッドから立って歩ける事さえも、決して当たり前では無く、有り難く。

日々起こる様々な問題に鍛えられ育てられてる事にも感謝。

と思えるようになりました。

そうすると、数年前に読んだ、小林正観さんの【神様が味方をする習慣】の

ありがとう100回言う。

コレも魂をもって理解出来ました。

最初に、拝読した際に感動して涙したのは一体何だったんだ?

とも思いましたが(笑笑)

そして、偶然(?)にも、愛知専門尼僧堂堂頭 青山老師の『生かされた命と分かれば、それに相応しい生き方をしないではおれなくなる』と言う記事を目にし、背筋を伸ばす思いです。

昨日は、緩和ケア医師 萬田緑平先生の講演会に参加しました。

先生のお話しを聴くにつれ、 

この医療の整った日本では、

患者さんの意思を尊重し、自宅での看取りや緩和ケアがとても難しいと仰ってました。

先生は、

もっと患者さんが、ご自身で描いたシナリオ通りの幸せな最期が迎えれるように、そして、ご家族にも死にゆく人を尊重できたら、もっと送る側の家族も幸せになれる。』

講演会では、人生最期を迎える方を囲むご家族の動画と看取り後のご家族の晴れやかなご感想などをご講演頂きました。

そんな中、私は、2年前の母の神聖な看取りを思い出して、また、あの時の感動が蘇り、自宅で家族と共に普通に過ごせた母の臨終は、とても特別だったんだ!と改めて感じました。

主治医の先生が、母の希望(自宅での臨終)を尊重してくれた事も大きな後押しになり、今更ながら、その先生に手を合わす想いになりました。萬田先生曰く、なかなかその様な判断をして下さる医師はいらっしゃらないと言います。

そして、その気付きを与えて下さった今日の講演会にも、感謝です。

今、今、今が続く未来、そしてやがて訪れる人生最期の時が、心豊かに幸せに満ちてるように!残りの人生、どんな事があっても、感謝の気持ちで満たしていきたいです。

そして、死にゆく人の希望する最期の見取りの経験を少しでも、多くの方達に伝えて行く活動こそが私の心の喜び、充実になる。

それが私の生まれて来た役割の一つかもしれません。

今日も最後まで、お付き合いありがとうございました。

マスターふぅ

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