これが初恋? 6歳 Destiny7

天命歴

おはようございます。

胎内記憶教育Ⓡの観点から、あなたが決めてきた《いのちのやくそく》を紐解くコーチ・

マスターふぅです。

50日チャレンジ 私というカラダ・ココロを作った軌跡、世界観を毎日1投稿で綴ってゆきます。

毎朝9時に投稿してます。

6歳だったら、幼稚園の年長さん。5歳離れた姉は小学校5年生。ほぼ母の思う通りに育っていた姉は日本舞踊でもかなり出来るお弟子さんだったと思う。季節毎の踊りの発表会でも、沢山の花束と大人のお弟子さん達にチヤホヤされてた光景が今も覚えている。

写真に残っている姉の発表会の時の私は、まだハイハイぐらいの赤ん坊だったので、姉は小学校上がる前から、日本舞踊のお稽古に通ってたみたい。

日本舞踊のお師匠さんのお家は、我が家から徒歩2分で、私も一緒について行ってたけれど、そのお師匠さんのお稽古場から見えるお師匠さんの寝室には大きなダブルベッドがあって明るいピンク色のカバーが掛かっていました。見るからにフカフカのベッドは、当時のTV番組の『アルプスの少女ハイジ』に出てくるベッドのようで、単純にいいなぁ♡と眺めていた。

私が頻繁に姉のお稽古について行ってたから、お師匠さんに『あなたも踊ってみる?』と誘われたが首をブンブン振って断っていた。6歳の子供にとっては、かなりのおばあさんのお師匠さんは細身だったけれど、踊りの指導の時に韻を付けて歌うその声はハリがあったなぁ。今思えば結構お若かったのかもしれない。

その後姉は小学生の間に名取を取ってしまい、益々母の鼻は高くなった。

そして、この辺りから、優等生の姉との比較が顕著になり始めた。

家庭では、多少の居心地の悪さはあったけれど、私の世界は充実してたと思う。

大好きな絵画や工作では、独創的な作品を作り出し、色んな人から好評価を受けて、褒められる気持ち良さを味わえた。

幼稚園の友達で、いつも私の事を『かわいい♡かわいい♡お嫁さんになって♡』と言ってくれる男の子が居た。そのK君は、いつも私にピッタリ引っ付いて、お互いのお家を行ったり来たり、違う女の子のお友達んちに行くときも、いつも一緒。私の人生の中で、こんなに男性と四六時中一緒に過ごした事って、多分K君が最初で最後だったなぁ。

私も決して嫌いではなかったけれど、好きという感情が良く分からなかったから、これが初恋⁈かどうか定かではない。

そのK君は小学校上がって、しばらくしたら突然学校に来なくなって、なんか寂しいな。。。と思っていたら、どうやらお父さんの転勤で急に転校になったみたい。

それから25年以上の歳月が過ぎ、私が長女のオムツを替えている時に、ふとTVに目をやると、ちょうど、某大手エレベーター製造元の研究施設で技術者が試験点検中に事故で亡くなるというニュースが報道されてた。その亡くなった方がK君。

この事は、私が人生の中で、魂の繋がりを感じた場面の一つになった。

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