大好きだったおじいちゃんとの別れ。6歳 destiny8

天命歴

おはようございます。

胎内記憶教育Ⓡの観点から、あなたが決めてきた《いのちのやくそく》を紐解くコーチ・

マスターふぅです。

50日チャレンジ 私というカラダ・ココロを作った軌跡、世界観を毎日1投稿で綴ってゆきます。

毎朝9時に投稿してます。

小学校入学して間もない5月に祖父が亡くなる。自宅で通夜とお葬式はして、庭や室内はドリフターズのセットみたいに、コンパネなどで意匠造作されて面白かった。ピアノがある部屋にココナッツサブレが山のように積まれてた光景も記憶に残っている。

沢山弔問客が来るので私たち子供は、隣のお家に引っ込んでて、そのお宅の机には、また沢山のおにぎり🍙が山のように積まれていたのも覚えている。

我が家に馴染みのない坊主頭の学ラン着た身体の大きな高校生らしき人達が何人も弔問に来ていて、『なんで????』と謎で不思議だったけれど、後になって、母が『おじいちゃんは母校の野球部に沢山寄付をしてたんよ』と言っていたので、その人たちがお参りに来てた事が理解できた。それにしても黒い学ラン、丸坊主姿の大柄な人たちを複数人見て、当時の私は怖い印象しかなかった。

この頃から、同じ格好の人たち(特に黒っぽい色)の集団は心理的に受け付けないみたい。

いつも、おじいちゃんが寝ている部屋で、同じように、死んだおじいちゃんは寝ていたけれど、6歳の私は、あまり分かっていなくて、泣いた記憶すらない。

でも、この辺りから、霊的現象が増え始め、出産を迎える29歳まで、本当に悩まされた。

亡くなったおじいちゃんは、亡くなってからも、たまに会いに来てくれるのはいいのだが、いつもビックリするようなところに立っているので、私は亡霊で驚くというよりも、その出方(出入口出たすぐ脇側)に驚いてて、『もうっ(怒)』って感じだった。

そうして、父が7代目になっていくのだが、父はサラリーマンで、地元の学校に行ったなかった、多分行きたくなかったから(?)アメリカンナイズならぬ東京ナイズされてて、地元密着の家業は、殆ど嫁の母が取り仕切っていた。

次の後継ぎも、男の子が居ない私たち姉妹になってくるので、本来なら姉が婿養子を取って、、、。となるはずが、何故か私にお鉢が回ってきた。

『この家の後継ぎは、アンタよ』と言われ始める。自由奔放な私にとっては、ありがた迷惑な話も、こんなに小さいときから洗脳され続ければ、もう逃げ場が無かった。これは本当に両親の長期計画の作戦勝ち!!!

そして、またこの後継ぎ問題も、この時から45年かかって深く理解できたご先祖様方との魂の繋がりであり、私がこの家を選んで生まれて来た理由だった。

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